日本医科大学付属病院脳神経内科准教授の中根俊成氏に聞く 自律神経失調症の一部は、自己免疫が原因となって発症していることをご存じだろうか。自己免疫性自律神経節障害(AAG)と呼ばれ、自律神経節のアセチルコリン受容体に対する自己抗体が産生されることで生じる。感染を契機に発症することがあり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)後遺症との類似点も指摘されている。2012年に国内初の抗体測定系を樹立し、実態調査のためのレジストリ研究を先導する日本医科大学付属病院脳神経内科准教授の中根俊成氏に、AAGについて聞いた(文中敬称略)。──自律神経失調症の一部に自己免疫が関連することはまだあまり知られていないように思います。まず、AAGはどのような疾患なのか教えてください。中根 AAGは、自律神経節のアセチルコリン受容体(ganglionic acetylcholine receptor; gAChR)に対する自己抗体により生じる自己免疫疾患です。抗gAChR抗体は、1998年に初めて報告され、特発性自律神経性ニューロパチー患者の約半分でこの抗体が陽性であることが示されています。ただし、抗gAChR抗体以外の自己抗体が原因となっている自律神経性ニューロパチーも存在すると予想されるため、自己免疫性自律神経性ニューロパチーの正確な有病率や患者数はいまだ不明です。 AAGでは、自己抗体が自律神経節を攻撃することで、起立性低血圧や発汗低下、下部消化管運動障害、排尿障害など、広範な自律神経症状を呈します。消化管運動障害による難治な便秘を生じるケースもあります。加えて、性格の変化や認知機能低下などの中枢神経障害や、低ナトリウム血症や無月経などの内分泌異常を生じることもあります。 多彩な症状を呈し、また、患者により強く出る症状が異なります。消化管などに限局的に症状が出る場合もあり、それらは限局型AAGと呼ばれています。機能性ディスペプシア(FD)や過敏性腸症候群(IBS)と診断されている患者の中にも抗体陽性者が存在しますので、これら機能性消化管運動障害の中にも抗体陽性AAGのケースが存在するかもしれません。 膠原病患者の血清を用いた研究では、2~3割が抗gAChR抗体陽性だったとのデータがあり、膠原病との合併も研究中です。膠原病患者が訴えることが多い自律神経症状の一部は抗gAChR抗体陽性で説明できるかもしれません。──これまで原因不明、機能性疾患、心因性などといわれていた病態の一部が「自律神経節への自己抗体」というキーワードで説明できる可能性があるということですね。ところで、中枢神経障害はなぜ生じるのでしょうか。中枢神経は脳血管関門(BBB)で守られているため、自己抗体の攻撃を受けにくいのではないでしょうか。中根 室周囲器官や視床下部はBBBが発達していないことが知られており、自己抗体の攻撃にさらされやすく、内分泌系の症状が生じると考えています。また、BBBの透過性は様々な要因で変化することが知られていますし、gAChRと同じニコチン性AChRサブユニットが大脳で発現していることも確認されています。そのため、何らかの要因でBBBの透過性が高まった際に、自己抗体の攻撃を受けると考えられています。──脳神経内科領域で病態解明が進んでいる視神経脊髄炎(NMO)でも、脳内のアストロサイトを自己抗体が攻撃して発症するといわれていますので、自己抗体も脳内に侵入できるわけですね。自己抗体が生じる誘因は分かっているのでしょうか。中根 感染や腫瘍が誘因として挙げられています。感染や腫瘍から体を守るために免疫系が働く中で、たまたま自己抗体が生じてしまうのだと思います。そのためか、発症年齢は小児から高齢者まで幅広く、特に思春期で発症した場合、不定愁訴として確定診断に至らないケースが多いのではないかと危惧しています。高齢者で10年以上寝たきりで過ごしていたという患者も存在します。 現在、保険収載はされていないものの抗体の検査は国内で可能です。まだ、特異的な治療薬は存在しませんが、ステロイドパルス療法や血漿交換療法により症状を改善できますので、まれではあるものの、このような疾患が存在することを知っておいていただきたいです。 我々は今年度より、AAGの実態を明らかにするための全国調査を厚生労働科学研究費補助金の難治性疾患政策研究として開始しています。これは日本神経学会や日本臨床免疫学会と連携した上で、脳神経内科だけでなく、消化器内科や膠原病内科、小児科、患者会と協力して行う全国調査です。AAGが疑われるケースの調査も併せて行いますので、全国調査にご協力いただけますとありがたいです。──先生は、COVID-19後遺症の一部も、AAG同様に、自己抗体が関連する自律神経疾患の可能性があるとお考えですが、その理由をお聞かせください。中根 はい。Long-COVIDの症状の一つである「Brain fog」は、自律神経疾患では以前から知られている症状です。COVID-19罹患後に自律神経に対する自己抗体が生じているという論文報告があること、Long-COVIDにはAAGを思わせる自律神経症状があり、両者は免疫介在性の自律神経障害という類似した病態があるのかもしれません。ただし、抗gAChR抗体陽性のLong-COVIDはまだ報告されていませんので、他の種類の抗体が生じている可能性が考えられます。Long-COVIDの病態、臨床像を明らかにしていくことで、感染を契機としたAAG、自律神経系に対する新たな自己抗体について検証できればと考えています。
参議院厚生労働委員会で自論を語る長尾和宏医師